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第11話 フラッシュバック

2017/02/24 Fri 12:00
category - エッセイ
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◆今年に入ってから少々困った症状が出ている。それが悩みの類にもなってきているものだから本当に困ったことになってきている。
 理由はわからない。思い当たる節がないわけではないが、だからと言ってそれがこの症状が出てしまう原因なのか自分では判断がつかない。

 困った症状、それはフラッシュバックだ。いや、専門的なことはあまり知らないからフラッシュバックだと言えないかも知れないが、とにかくいきなり頭に昔、そう、それはたいていの場合、大阪府内のとある場所にあった中古マンションで暮らしていた頃の光景がほんの一瞬だけど鮮明に浮かぶのだ。そしてそれは決まった光景ではない。時にマンションの部屋の中の光景であったり、そこから少し離れたスーパーに行く途中の光景であったり、ベランダから見た外の光景であったり……。本当にバリエーション豊かに当時のそこで営んでいた際の光景がほんの一瞬蘇ると言っていい。

 それが起こると僕はどうなるか。

 僕はそれらの光景がいきなり頭の中に現れるや否や本当に本当に切ない気持ちに襲われてしまう。酷い場合はもう本当に泣きたくなってしまうのだ。まだ子供が小さくて、僕や嫁さんもまだまだ若くて、毎日どうしてこんなに忙しいのかと思っていたのに、頭の中に浮かび上がるあの頃の光景は、今の僕に現在とのギャップ、すなわち「あの頃は楽しかった」という思いを鮮明に示してしまう。しかもほんの一瞬にしか過ぎない時間のものであるのに、その威力たるや凄まじくでかくて、精神的に脆い部分が多くなってしまった今の僕を打ち負かすには充分な力と言っていい。それ故本当に困ったことになりつつあるのだ。

 どうしてやたらと昔のことがフラッシュバックのように蘇り始めたのだろう。
 いや、正確にはこれは今に始まったことではない。これまでにもこの現象は時折起こっていた。そして僕はその原因が何なのか何となくわかってもいた。きっとこの現象が頻繁に起こり始めたのは、その原因となるものに今の僕自身が精神的に耐えられなくなってしまっているからじゃないかと思う。

 僕はきっと戻りたいと思っているのだ。

 今住んでいるこの地は、僕が社会人になるまでの間の大半を過ごした街だ。実家もすぐ近くにあって両親も年老いて病気持ちではあるけれど比較的元気に生きていてくれている。
 僕は社会人になって2週間経った頃、会社からいきなり関東地方の、とある場所への転勤を命じられ、それから3日後にあたふたとこの地を離れた。その際はここでやり残したことがたくさんあったものだから、それ以降の数年間は望郷の思い(もしくはホームシック)が消えなかった。目をつぶるとそこには住み慣れた街の光景が浮かび、目を開けると現実の世界が広がる……、そんなギャップに満ちた日常にまいりそうにもなった。
 だが年月が経つとそういった境遇にも慣れてしまい、関西に戻ってもこの地には住まず、結婚してからは前述した大阪府内のとある場所にあった中古マンションで暮らした。そして子供が中学に進学する際に故郷であるこの地に舞い戻って来たのである。
 僕はその時、社会人になった際にいきなりこの地を離れてしまったが故にやり残してしまっていたことができるかな、と思った。そうすることで心の中にポカリと空いていた穴が塞がってくれることを期待したのだ。

 しかしそんなことはもうできなかった。20年ぶりに戻った故郷に昔の友達の類は誰一人残っていなかった。おまけに20年という年月は多くの風景を消してしまっていたものだから、結局のところ僕が望んでいた状況はもうここには存在していなくて、かつ懐かしい光景は、もう自分の頭の中にしか残っていないということを改めて突きつけられただけだった。同じ場所だけど、もうここは違う世界。空いた穴を塞いでくれるものは、もう何一つ残っていなかったのである。

 僕は過ぎ去った時間を本当に恨めしく思った。そしてそんな場所で過ごしていたからだろう、今度は元いたあの中古マンションでの暮らしをやけに懐かしく思うようになった。それは社会人になってすぐに関東地方の、とある場所に転勤し、それから望郷の思いに駆られるようになったあの頃と同じ類のものだった。
 おかしなものだ。あの頃、今住んでいるこの地が懐かしくて恋しくて仕方がなかったのに。

 もし今、あの中古マンションに戻ったらどうなるだろう。このフラッシュバックは治まるのだろうか。
 ううん、あそこに戻ってもきっとフラッシュバックは治まらないだろう。あの場所を離れて既に10年以上の月日が経った。おそらく僕が目にしていた光景の大半は失われてしまっているだろう。
 なぜなら当時仲の良かったご近所さんは、もうほとんどそこにはいないから。小さかった子供はもう成人してしまったから。嫁さんも歳を取ってしまったから。何より自分の姿はあの頃とは似ても似つかないくらい老けて醜くなってしまったから。
 あそこに戻ったとしても今度は、同じ場所だけど違う場所、という感覚に今以上に打ちのめされることになるだろう。更に過去の光景のフラッシュバックに追い打ちをかけられて、下手したら頭がおかしくなってしまうような気がしないでもない。

 結局僕は昔が懐かしくて恋しくて仕方がないのだろう。懐かしんだところで過去はもう帰ってこないのに、そんなこと重々承知しているのに、頭で理屈はわかっているのに胸にある気持ちや感情が納得してくれなくて、だから脳にフラッシュバックを投げつけるのだろう。それはまるで感情が理性に向かって「どうして過去の自分を捨てるようなことをしたのか?」と問い掛けているようにも思えて、その度に僕を困惑させるのだ。そして僕という存在が「今更どうしたら解決することができるというのだ?」と理性と感情に向けて問を投げつけると、二つはそれを巡って出口のない世界を迷走するのだ。

 どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
 きっと今が面白くないからだろう。
 今を面白くしない限りフラッシュバックが治まることはあるまい。出口のない世界での迷走もやむまい。
 ではどうしたら今が面白くなるのだろう。それがわからない僕は、やっぱり途方に暮れてしまうから、しばらくはフラッシュバックと格闘し続けねばならないみたいだ。




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