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第28話 法事

2017/03/17 Fri 07:10
category - エッセイ
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◆3月17日。義母の命日。今年は七回忌だ。
 早いものだ。ついこの間のことのような気が今でもするのだけれど、あれからもう6年が経った。
 義母は平成23年3月17日、脳疾患で亡くなった。亡くなる数年前から要介護状態となり、義父が介護をするという、いわゆる老々介護状態が続いた。そして亡くなる数週間ほど前に自宅で義父が義母の異変に気がついた。いつもなら目覚めているはずの義母が、いつまで経っても目を覚まさなかったのだ。
 病院で精密検査を受けたところ脳の疾患が見つかった。手術は難しい。何より老齢で、かつほぼ寝たきりとなっていたその体は手術に耐えられるはずがなくて、事実上もう手の施しようがない状態だった。
 辛いことであったが、この状況を受け入れるしかなくて、義父はもう必要以上の延命措置はしないことを決めた。義姉や嫁さんも同意した。でも皆、何でもいいから義母と話がしたくて、せめて一度でもいいから意識が戻ってくれないかと祈った。しかし残念ながら平成23年3月17日の朝、入院していた義母の容態が急変し、そのまま病院で息を引き取った。残念ながら僕たちは、その死の際に立ち会うことはできなかったのだけれど、義父だけは義母の最期を看取ることができた。
 その日、嫁さんはいつものように朝からパートに向かった。そして、その知らせをパート先で知らされた。僕はその日は自宅にいて嫁さんからのLINEでそのことを知った。急いで自宅に戻って来た嫁さんは、僕の顔を見るなり僕に抱きついて号泣した。
 それからすぐに家族三人で嫁さんの実家へと車を走らせた。
 嫁さんの実家に着くと義母の遺体は既に運び込まれていて、居間に敷かれた布団の中にあった。その様を見たら悲しくて涙があふれてきた。だが悲しいと思ったのと同じくらい、まだ生きているんじゃないのかと思う気持ちが湧いた。今にも目を開けて口から昔のように「おかえり」という声を発してくれるんじゃないかと思えた。でも、もちろん義母の体は微動だにしない。悲しいけれど、この現実を受け入れるしかなかった。
 それからはどうだったのだろう。通夜、葬式はもちろん行われたのだけれど断片的にしか覚えていない。記憶はその時々の光景が写真のようなものでしか頭の中に残っていない。でもそれでも強烈に覚えている光景がある。それは火葬場で義母が荼毘に伏される時、義父を真中に義姉と嫁さんの三人が揃って義母を見送っている、その三人の後ろ姿だ。
 僕は三人から少し離れた後ろの方にいて、その様を見ていた。義兄(義姉の旦那さん)も僕と同じようにしていた。僕も義兄も、もちろん親族であり近親者なのだけれど、その時の三人のそばには近づくことはできなかった。そこには本当に血の繋がった者たちだけが共有する何かが存在していたと言えばいいのか、もしくは血を分けた家族として生きてきた者たちだけが立ち入ることができる領域とでも言うべきか、とにかく僕にはその三人の後ろ姿が、とてつもなく神聖なものに見えて、ここから一歩たりとも近づいてはいけないように思えた。そしてそれは悲しいのだけれど「本当に家族なのだ」という姿を僕に示していた。それは本当に、本当に切なくて、僕の胸を激しく締め付けたもの。決して忘れることのない光景だ。

 義母がいないことが当たり前の日常になって6年。幸いなことに皆元気で暮らしている。この前の土曜日に義母の七回忌の法要を行った。でも「法要」と言っても、お坊さんが来てお経を上げるという世間でよく見受けられるようなものではない。
 義母がどう考えていたのか僕にはまったくわからないのだけれど、義父は基本的には宗教にはまったく関心がなく、かつ坊さんとの付き合いも御免被りたいと考えている人だ。だからか義母のお葬式の際は坊さんを呼んで(家族葬という形で)葬儀を行ったものの、それ以降は坊さんとの付き合いは毎年の命日やお彼岸をも含めて一切しておらず、よって法要のようなことを行う場合であっても坊さんが来ることはない。
 義母の法事を行う場合は、ごく親しい近親者のみが集まって、銘銘が仏壇に向かって手を合わせて拝む。遺骨は大阪のあるお寺さんに一部を分骨して納骨しているが、お墓は作っていないから残りは骨壺に入ったまま仏壇の中にある。だから仏壇に向かって合掌することが、お墓参りということにもなる。そして、そうやって拝んだ後、皆でどこかの店に行ってご飯を食べるというのが通例になっている。服装は喪服を着るわけではなくて普段着だ。法事というものに見られる堅苦しさは微塵も存在していない。
 今回の義母の七回忌の法要も、このような形で行われた。

 こういう形式は楽と言えば非常に楽だ。坊さんが来ないから「お布施」や「お車代」と称する使途不明金のような出費はないし、仕出し料理のような高い御膳を用意するようなことをせず、普段よく行く店で外食という形を取るからリーズナブルでもある。
 また、ごく親しい身内が普段着で集まるだけだから気楽である。何より「この人誰だったっけ?」と思ってしまうような遠い縁者の相手をするといった気づかいをする必要がない。
 ただ今回はやはり七回忌ということで、ちょっとくらいはお経を上げた方がいいのではないかという意見があった。実は今回ばかりは僕も同じようなことを考えていた。お坊さんを呼ばずとも、せめて簡単にでもお経を上げた方がいいのではないかと思っていたから賛成した。とはいえ宗派はわかってはいるが、どのお経を唱えればいいのか誰もわからなかった。結局、義姉からの「般若心経なら宗派に関係ない」という提案により、皆で般若心経を読経した。もちろん誰一人として「般若心経」を暗記していなかったのでネットで検索した。スマホに表示された般若心経を一字ずつ丁寧に唱えたのだけど、こういう時代なのだとつくづく思った。

 僕はこういう形の法事を否定する気はまったくない。人それぞれに考え方があるし、亡き人を思う形に絶対的な正解なんてないと思えるからだ。もちろんそこに宗教が介在する必要もない。その人が思うやり方で亡き人を偲べば僕はそれが正解でいいんじゃないかと思う。

 とは言え、僕は昔ながらの法事が嫌いではない。(もちろん葬式は嫌だ。できれば出たくないし出なくてはいけないような状況になって欲しくもない。)だが人が亡くなって、それからしばらく経った後に故人を偲ぶ法要、しかも昔ながらの方式を取る法事に、僕は趣のようなものを感じてしまうことが多いのだ。

「昔ながらの方式」というのは、僕が思う形だとこうなる。(主に僕の実家筋とかで法事を行う場合の、世間でよく見受けられるスタイルが基本だ。)
 例えば七回忌や十三回忌のような節目には親戚などの縁者が(遠路からの者も含めて)自宅、もしくはお寺さんに集まる。もちろん皆喪服を着ている。お坊さんがやってくると、その場に厳かな雰囲気が漂い始め、法要が始まると妙に空気が張り詰めてくる感覚になる。そして、お坊さんの読経が流れ出すと皆神妙な面持ちになる。僕もこの時ばかりはなぜか邪念が無くなる。正直なところ故人を偲ぶ気持ちよりも、単に自分が無の心境に近づいているような気持ちに陥っているという感覚の方が強い。
 僕はこの感覚がどことなく好きだ。歳を取ったからではない。ずっとずっと若い頃からそうなのだ。これは普段の生活といった日常では決して感じることができない感覚だ。他の特別な行事で感じるものとも性質が違う。法事という非日常の行事、それも昔ながらの、どちらかというと形式ばった法事の中に現れる一種独特の感覚。それは理由はわからないのだけれども何かしらの懐かしさのようなものでもある。更には頭の中に存在している様々な悩みや心配事、欲といった煩悩等々が、一時的にどこかに追いやられてピュアな意識だけが鮮明になったりする。そんなものをも含めて体の中に言葉では表現できない様々なものが湧いてくる。それが僕には何となく心地良いのだ。
 加えてその後、楽なやり方と同じように、皆でご飯を食べる。滅多に会うことのない遠方の親戚と話をするのもたまには(本当に「たまには」であるけれど)いいものだ。
 だから昔ながらの形式ばった法事も悪くはない。いやむしろたまにはやった方がいいのではないかと僕は思う。楽な法事は確かに色々な意味で負担が少なくて現代の諸事情にマッチしたものであるとは思えるが、味気がないと言えば味気がない。それに記憶としても鮮明には残らないような気がしてならないのだけど……。
 いやはや、こんな面倒くさいことを考えるのは僕みたいな人間だけかしら?

 そんなことを考えつつ、また3月17日という日がやってきた。自宅の居間には義母の写真が飾られてある。嫁さんは毎朝欠かさずこの写真に水を供えては手を合わせている。不精な僕も、この日ばかりは合掌だ。




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