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文亮[ぶんすけ]

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第30話 花粉症で思い出す

2017/03/21 Tue 07:10
category - エッセイ
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◆彼岸辺りから天気が良くなって気温が上がったせいか花粉が大量に飛び回っているようだ。連日の天気予報でも気象予報士がその旨を強調している。
 しかしそんなことなど見ず知らずの他人である気象予報士に言われなくてもわかっている。毎年悩まされている身であれば、この時期になると嫌でも身体が反応する。「ああ、今年もこの時期がやってきたのだ。また数週間、この症状に悩まされる」と思わざるを得なくなるのだ。
 花粉症。目がやたらと痒くなり鼻水が、本当にサラッサラの水のような鼻水が鼻の左穴から尽きることなく流れてくる。消費するティッシュの量は半端ないほど大量になる。そして鼻がカサカサになり、しまいには触るとヒリヒリするまでに荒れてしまう。春なのに本当に辛い。
 僕はまだこの程度で済んでいるのだけど娘は今年は重傷だ。例年、僕以上に花粉症に悩まされている娘だが今年は早々と白目部分が真っ赤に充血してしまった。大事を取って嫁さんが医者に連れて行ったところ、見事に結膜炎という診断結果を得た。しかも、できることなら会社を休めとまで言われたらしい。それを聞いて思い出した。僕も若かりし頃に結膜炎でエライ目に遭ったのだ。しかもそれは単に肉体的な辛さだけではなくて、ある意味人間の悪しき一面を垣間見ることになるものだったから精神的にも辛いものだったのである。

 あれは20代中盤だった頃。確か数年に及ぶ関東の某市での勤務を終えて関西に戻って来た際のことだから四半世紀以上前のことだ。時期もちょうど今時分だった。
 僕は昔から目が痒くなったりするとすぐに目を洗うようにしていたのだけど、ある朝、目が覚めると両目にコロコロとした痛みが走ったのだ。おかしいなあと思いつつ顔を洗う際に入念に目も洗ったのだけれど、それでもコロコロとした痛みは引かなかった。そのうち治るだろうと思って会社に行ったのだが、それから症状がどんどん悪化して、ちょっと目を動かしただけで痛みが走るようになった。朝のコロコロ感が激しいチクチク感になっていたのだ。そしてそれに合わせたかのように大量の目ヤ二が発生して、しまいには目をまともに開けていられなくなった。
 翌日、会社に行く前に眼科を受診した。診断の結果、ただの結膜炎ではなく「ウィルス性角結膜炎」だと判明した。
 通常の結膜炎は白目部分が真っ赤になるのだけど、角結膜炎は黒目(角)の部分が炎症を起こす。だから目をちょっとでも動かすと黒目(角)が瞼にすれて激痛が走る。ドロッとした目薬をさして少しでもその摩擦を少なくさせるのだけど、ほとんど効果がない。しかも大量の目ヤニが発生し、なおかつ目も腫れてしまうから、まともに目が開けられない。無理やり開けたところで、ちょっとでも目を動かすと激痛が走るから、結局目を閉じたままで、しかも目を動かさずにいるしかない。つまり、な~んもできないのだ。
 これはまいる。本当にまいってしまう。体は元気だからなおさらだ。それに目というものは開けていようが閉じていようが無意識に上下左右のいずれかに動かしてしまうものだからどうしようもない。動かす度に、それがほんの少しであっても激痛が走るから意識的に動きを止めようとするのだけれど気が付けば動かしてしまい、結局はその激痛に悶絶する。だからじっとしているしかない。
 更にはこれは法定伝染病の一種だから外出不可で、もちろん仕事にも行けないのだ。

 今はどうなのかわからないが、当時はこの病気に対する認知度が低かったから更にまいった。当時、会社に連絡すると、最初のうちは「結膜炎程度やったら会社に来れるやろ!」と言われ、「普通の結膜炎じゃなくて黒目部分の結膜炎で、しかも法定伝染病だから行けないんです」と必死で話した。更には(その時は資料作成作業の真っ只中だったから)「それなら家で仕事をしろ」と言われて、「激痛で、まともに目が開けられなくて日常生活にも支障が出ているのに仕事なんて、とても無理です」と更に必死に話したところ、漸くわかってもらえた。

 激痛は5日ほど続き、その間は目がまともに見えなかったから本当に何もできなかった。結局完治には10日かかった。

 出社すると周りから本当に病気だったのかと疑われた。目はすっかり元に戻っていて体もすこぶる普通だったからだ。本気か冗談かわからない口調で「お前の分まで俺がせなああかんようになってエライ目にあったわ」と言う人がいたし、「たかが結膜炎で」と嫌味のようなことを、わざと僕に聞こえるように言う人もいた。若かった僕は、そんなことを偉そうに言う当時のオッサン社員に対して本気で「オッサン、殴ったろか!」と思った。
 上司には診断書を見せたのだけれど、それでも上司の顔には何か疑いの表情があるように僕には見受けられた。

 今でも僕は思う。人が持つ苦しみなんて、しょせん他人にはわからないのだと。同じような苦しみを味わった人なら少しはわかるだろうが、そうでない人だと、まずわからないだろう。
 それでも、わかろうとしてくれる人はありがたい。困るのはわかろうともしない人だ。更には自分の価値観だけを基準にして他人を疑う人。僕が若い頃、社会にはそんなオッサンがわんさといた。自分らは楽をしているくせに、こっちがちょっとまずい状態になると重箱の隅を突くように細かいことをグダグダ言ってくる。そんな、ひたすら若い人間をこき使おうとするクソみたいなオッサンがウジャウジャいたのだ。今思い出しても本当に腹が立つ。しかもそんな奴らが誰も何の責任も取らずに今を悠々自適に暮らしていたりするものだから余計に腹が立つ。

「結膜炎」という言葉に、そんな昔の嫌な記憶を思い出したのだけれど、そんな過去のことを今更言っても仕方がない。そんな奴らにはいずれ天罰が下るだろう、そうでなければ地獄に落ちるだろうと思うことにして、ここは現在の今の状態を憂慮することにしよう。

 目の痒みと鼻水はいつになったら引いてくれるのだろう。あれから「結膜炎」のような本当にひどい症状に見舞われてはいないものの、この煮え切れない症状のままである状態も辛い。これ以上酷くなった際はもちろんだが、やはり娘同様僕も医者に行った方がいいのだろう。
 花粉症……、それにしても、どうしてこのような国民病になってしまったのだろうか?




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