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文亮[ぶんすけ]

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第37話 劣等感を感じた日、夢と決別した日(2)

2017/03/30 Thu 07:10
category - エッセイ
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 四つ目。
 これは先日、用事で僕んちに立ち寄った実姉から聞かされた話だ。
 実施の旦那さん、つまり僕の義兄は、ずっと某有名新聞社に勤めていて、長い間営業部門に所属し、その部門内のある部の部長にまでなった。しかし55歳を過ぎた頃、大会社によくあるように役職定年のような形になって、関連会社への出向(または転籍)を迫られたそうだ。義兄はそれを拒否したのだが、そうなると今度は早期退職制度による退職を促されたらしい。それでも何とか残ろうと頑張ったそうだが、自分を取り巻く環境は悪くなる一方で居心地も悪くなってしまい、結局は早期退職制度を利用して退職することになったそうだ。
 これだけならよく耳にする話だ。いくら大企業に勤めていたとしても、再就職に関しては、皆たいてい苦労するものだ。
 しかし、できる人間は違うのだろう。義兄はたまたま知り合いの会社経営者に会った際に自分の境遇を話したところ、すぐにその会社経営者から「うちに来てくれ」と言われたそうだ。しかも報酬も前職と変わらぬレベルを約束されたのだとか。
 すごいよ、本当に。できる人っていうのは周りが放っておかないのだろうな。しかも前職と同レベルの報酬が約束されるだなんて羨ましいったらありゃしない。
 いったい何が違うんだろう。僕だって社会人になってから約30年、ITの世界で過労死ラインを遥かに超える労働時間の中、頭も体も酷使して働いてきたけど、今は何にも残っていない。低賃金でボロ雑巾のようにこき使われ、挙句の果てが働けなくなったらポイされる。再就職も何十社も応募してやっと雇ってくれる会社に出会えるかどうかだ。
 そもそも、選んだ道を間違えていたのだろう。もう手遅れとしか言いようがない。それを思うと現実が辛い。

 五つ目。
 甥っ子のこと。甥っ子とは四つ目に登場した実姉の子供。彼は決して高学歴ではない。しかし、(今は契約社員だが、)もうすぐ某超有名大遊園地運営会社の正社員になる。昨年結婚し子供も生まれた。そして正社員になることに合わせて家を買うそうだ。もちろんキャッシュではなく住宅ローンを利用するのだけれど、その額何と5000万円ほど。関西でも高級住宅地と言える場所だから、それくらいはするらしい。僕はそれを聞いて「またムチャなことを」と思った。自分がこの歳になっても未だ住宅ローンで苦しんでいて、しかもこの先まだまだ続くことから、甥っ子がそんな高額なローンに若いうちから縛られてしまうことを憂いたのだ。
 しかし僕はバカだ。彼と僕とでは身の上が違うのだ。
 彼はまだ30代になったばかりで、まだまだ将来は希望に溢れている。しかも超有名大遊園地運営会社の正社員になるのだから、年収もよほどのことがない限り相応な額が保証されるだろう。住宅ローンが一般的に35年であることを考えると今の彼なら十分やっていける。定年退職時の65歳頃には、ひょっとしたらもう悠々自適の人生に突入できるだろう。
 では僕はどうだ? まだまだ住宅ローンはたんまり残っている。65歳を過ぎてもまだ払い続けなければならず、それはすなわち年金をもらうような歳になっても、まだ働き続けねばならないということだ。いや、それ以前にそんな歳までこの家を保有できるかどうか非常に怪しい。現状では数年後にはローンが払えなくなって売却せざるを得なくなり、しかも借金だけが残るようなことになるのではないかと危惧している。

 まったくこんな家なんて買うんじゃなかった。今考えてみれば定年退職した後も住宅ローンを払い続けるような選択をするなんてアホの極みだった。古くて狭いマンションであってもあのままあそこに住み続けてローンを完済した方が良かった。そうしていたら、もうとっくの昔に住宅ローンから解放され、こんなクソみたいなことで悩まされることはなかった。そもそもこんな時代に人生で2回も住宅ローンを組むだなんて、それはもう狂気の沙汰以外の何物でもないのだ。甥っ子のように一軒家を望むなら最初から一軒家を購入し、ローンを組むのは一回こっきりにすべきなのだ。

 六つ目。
 娘の仕事のこと。
 先日の「名刺」というエッセイで娘が初めて名刺を作ったこと、そして仕事を通じて飛躍しようとしているその姿に眩しさを感じたというようなことを書いた。そしてそれに比べて今の自分はどうなのかということをも書いた。娘を見て劣等感に襲われるだなんて、これっぽっちも思っていなかっただけに打ちのめされた感は尋常ではない。

 七つ目。
 夢のこと。
 僕は二十代半ばの頃に胸に抱いたある夢を、この歳になってもずっと抱き続けてきた。そしてその夢を実現するための努力も絶えずとは言えないが、それなりに続けてきた。死ぬまで夢は捨てまい、夢の実現に向かって努力しよう、それが無駄な労力であったとしても悔いが残らぬようにしよう。そう思って今まで続けてきた。

 しかしもう一旦やめることにした。

 やってもやっても結果は同じ。報いは一切ない。いやその兆しさえもない。諦めたらそこで終わりと自分で自分を叱咤激励してきたが、それに応える気持ちもなくなってきた。

 人間というものは努力に対して結果というものが伴わないことがあまりにも続き過ぎてしまうと、やはりやる気がなくなるものだ。1年や2年ならば「まだまだ!」という気持ちになれるが、さすがに四半世紀以上経っても、やってきた努力が何一つ報われないとなると、いい加減嫌になるものだ。下手をすれば絶望しかねない。そうでなくともそれまで夢としていたものに対して何かしらの腹立たしさのようなものを感じるようになってしまう。

 所詮、夢見ていた世界は自分には縁のない世界だったということだ。その世界の入り口に立てていればまだしも、その入り口さえ見いだせず、遠くからその世界を眺めることしかできなかったのだ。それは結局のところ、自分は部外者であって、この先もそうだということだ。

 50代も半ばを迎える自分に残された時間は、多くてもあと30年くらいだろう。更には第一線で活動できるという制限を加えたなら、実際のところは、その半分の15年がいいところだろう。その残された15年をどう使うか?
 これまでの実績を考えれば夢のために費やすことなど、もうやってられまい。これまで追いかけてきた夢が僕に応えてくれないのなら、僕ももう追いかけることをやめよう。それはこれまでの自分を否定することになるのかも知れないが、結果が出せていない以上、肯定もできまい。それに今は夢に現を抜かしている場合ではない。だから、どうせならもっと現実的に実現可能なものを追いかけることにしよう。でなければ本当にのたれ死んでしまうだけだ。
 しかし、では「もっと現実的に実現可能なもの」とは何だろう。今の僕には全然見当がつかない。
 まずはそれを探さねばならないが、探し出すことができるだろうか。
 まずは今自分の体に蔓延しているこの超巨大な劣等感を少しでも消さねばなるまい。




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