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文亮[ぶんすけ]

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第40話 WINDOWS UPDATE

2017/04/04 Tue 07:10
category - エッセイ
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◆いつの頃からだろう、記憶が飛んでしまっているのだけれど、このところWINDOWS UPDATEがやたらと時間がかかるようになった。たぶんWINDOWS10にしてから顕著になったような気がするのだが、そうなると昨年の4月か5月辺りにWINDOWS10にアップグレードしたから、1年くらい前からということになるのだろう。
 とにかくやたら時間がかかる。おまけに数日のスパンで更新モジュールとやらが配布されてくるから、毎日PCを動かしていると、だいたい三日に一回はWINDOWS UPDATEが動いているように思える。どうしてこんなに更新モジュールの配布が度々行われるのだろう。
 基本的な理由はわかっている。これでもIT業界に長く関わって来たから、どうしてこんなに更新が必要かは重々わかっている。だがそれでもこんなに多いのはちょっとお粗末というか最初に手を抜き過ぎなのではないかと思ってしまう。
 仮に手を抜いているのではなく、昨今のネット事情では、このように頻繁に更新しなければ脆弱な部分をカバーしきれないというのなら、僕はそれこそ、そもそもの仕組みや存在そのものを今一度抜本的に考え直すべきではないのかと思うのだ。今のネットは、はっきり言ってウィルス系がウジャウジャ存在していて、一歩間違えれば誰しもがその被害者になる。
 そもそもウィルスが存在するのはなぜだろう? 
 答えは実は非常に簡単だ。
 世の中に出回っているPCに問題があるからだ。言い換えればPCにいくつもの欠陥があるからだ。問題や欠陥があるから、そこを悪用とする輩たち等によってウィルス等が作られるのだ。でも問題や欠陥は素人には全くわからないものだし、僕みたいにIT業界にいる人間にだってわからない。実際の開発者、もしくは本当にコンピューターに長けた人だとか世の中のプログラムに精通している人とかでなければわからない。
 じゃあどうしてそんな欠陥のあるPCが世の中に出回るのか?
 昔の単純なコンピューターならともかく、今のコンピューターや、その中で動いているOS(オペレーティングシステム)などのプログラムがあまりに大きく、かつ複雑になり過ぎてしまって、作った人間でも、それらがすべて正常かつ安全に動くかどうかを検証しきれなくなってしまったからだ。もちろんすべてを検証することは不可能ではない。しかしそれをするにはあまりに膨大な時間と費用がかかってしまう。そんなことをしていたら他社との販売競争に勝つどころか出遅れてしまう。だからある一定の水準までは正確に動くことを検証して世の中にリリースする。そしてその後問題や不具合といった「欠陥」(もちろんメーカーはやすやすと「欠陥」とは言わない)が発生すると調査しつつ修正を加え、それを更新モジュールとして世界中のユーザーにネットを通して適応、すなわちWINDOWS UPDATEを行わせて補修させていく。このしくみがあるからこそ欠陥が潜在していてもコンピューターは世の中に流通しているのだ。
 これは何もWINDOWSだからというわけではない。MACだってそうだ。もっと言えば普段よく使っているスマートフォンだってそうだ。(iphoneであれAndroid系のスマートフォンであれ、それらは電話機能付きのコンピューターなのだ。)もちろんipadに代表されるタブレットだってそうだ。使われているOSやプログラムは違えどもコンピューター、特にネットに繋がってナンボというコンピューターである以上、どれでも同じことが言える。デスクトップPCであれ、ノートパソコンであれ、スマホやタブレットであれ、結局はコンピューターであり、かつ潜在的欠陥を内包しているものなのだ。
 ただ残念ながら世の中はコンピューターに残っているそういった脆弱性を「欠陥」とは呼ばないから質が悪い。あくまでも「脆弱性」というような言葉ですり替えてしまっている。どうしてそんなふうに誤魔化すのかと言うと答えは単純だ。「欠陥だ」なんて言ってしまったら誰も買わなくなるからだ。売れず、利用されなくなってしまうと、それまでの投資を回収できなくなってしまう。詐欺といった犯罪が山ほど発生して毎日数え切れないほどの被害者を生み出しているインターネットが、それでも存在し続けているのもそれがためだ。おまけにインターネットを使わなければ何もできないような社会にしようともしているから世の中はますます脆弱性だらけになる。本当は欠陥だらけの社会になっているのに、それが当たり前になってしまっている。そして更に質が悪いことに自分が被害者になってもそれが欠陥によるものなのだと気づかないことだ。たいていの場合「自己責任」という押付で誤魔化されてしまっている。

 PCなどに見られる「モノは必ずしも完璧に動作するわけではない」というような風潮はいつからこんなに当たり前になってしまったのだろう。不思議に思うのは当たり前になってしまったのが世論によってなされたことではないということ。僕の感覚だと、いつの間にか誰かによってそうされてしまったような気がしてならない。

 いつからこんなふうになったのだろう。世の中のことに関しては、僕にはよくわからないが、PCやインターネットに関することなら少しはわかる。
 少なくともインターネットが今みたいに普及する前までは、ここまで酷くはなかったと思える。コンピューターに限らず、モノはきちんと動くのが当たり前だったと思うし、欠陥は欠陥であって、それを認めて是正し更には同じような失敗は起こさないということが正しい考え方だった。WINDOWS UPDATEや各種プログラムの更新だって年に一、二回程度で、その説明には「問題」とか「不具合」とか「不良」、そして「修正」と言った文言が正直に書かれていて、「脆弱性」等、欠陥を欠陥でないとするような免罪符的誤魔化し言葉の類なんてなかったように記憶している。またプログラムの更新にかかる時間も今とは比べ物にならないくらい短かった。その頃はPCもネットも黎明期の頃であったから今と比べることなんて確かにナンセンスなことなのかも知れない。だが「欠陥」は、やっぱり「欠陥」というべきではなかろうか。そして欠陥ありきの考え方も、やっぱり是正すべきではないだろうか。
 こういうことを考えだしたらきりがないのだけれど、そもそもPCやネット、スマホにタブレット等の類は本当に必要なものなのだろうか? それらがなかったら生きていけないのだろうか?
 そんなものがない時代を生きてきた僕には、やっぱりそんなものは必ずしも「なければならないもの」とは思えない。それらがなくても生きていける。しかし世の中は嫌でもそれらを使わねば生きていけない社会にしようと躍起だ。それらを使ってお金を回している者たちにとっては死活問題なのだ。だから欠陥があろうがなかろうが、必要であろうがなかろうが、とにかく動かし続ける。動かし続けざるを得ないようにする。そして何としてでも金を回させて利益を得る。
 やっぱり僕らはそんな輩たちに踊らされ続けているんじゃなかろうか。

 とりとめのないことをダラダラと書いた。そうしていれば、そのうちWINDOWS UPDATEが終わるだろうと思った。だがこれを書き終えた今になっても、やっぱりまだ終わらない。困ったものだ。




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