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文亮[ぶんすけ]

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第48話 万年筆を探して(1)

2017/04/14 Fri 07:10
category - エッセイ
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◆僕は万年筆が好きだ。今も数本の万年筆を持っている。しかし残念なことに、そのすべてがある雑誌の付録としてついていたものであって、よく見聞きするメーカーのものではない。箱には「特性万年筆」と大々的に印刷されていて実際に使ってみるとそれっぽいのだけれど、残念ながら使っているうちに「やっぱり雑誌の付録レベルだな」と思わずにいられなくなる代物だ。それでも一応は万年筆としての体裁、つまり「書くことができる」という機能はきちんと備わっているから、取り敢えず(諸々の事情もあって)それらを使っている。

 僕が初めて自分の万年筆というものを持ったのは社会人になった時だから、今から30年ほど前のことだ。姉が僕の就職祝ということで、某国内メーカーの「万年筆」、「ボールペン」、「シャープペンシル」の3本がセットになったものを贈ってくれた。それらは高価なものではなかったが、かと言って安物でもなかった。当時の入学祝や就職祝などで贈答品として用いられるスタンダードなレベルのものだった。
 当時僕は嬉しくて、それらをできるだけ使うようにしていたのだけれど、仕事でこれらのシャープペンシルやボールペンを使っていると紛失してしまいそうだったから、仕事では会社の備品を主に使うようにした。だがそうなると、これらのシャープペンシルやボールペンの出番はどうしても少なくなってしまった。万年筆に至っては当初から仕事で使うことがなかったからプライベートの日記を書く際に使うくらいしか機会がなかった。
 結局その3本は、そうやって家の筆立ての中に納まったままになってしまった。
 更にはその頃から世の中では、たくさんの安くて便利な筆記具が次々に発売され、万年筆はもちろん、かしこまったボールペンやシャープペンの活躍の場はどんどん縮小していった。僕が使う筆記具も100円のシャーペンやボールペンの類が主なものになり、やがてパソコンの普及に伴って筆記具を使って書くよりもキーボードを叩くことが主となった。
 万年筆は時代遅れの筆記具の代表のような扱いになり、もう百貨店にでも行かなければ、その姿を見れなくなってしまった。例の筆立ての中に納めていた3本も、残念ながらいつの間にか僕の前から消えていた。

 しかし万年筆に対する意識は僕の中では消えていなかった。
 10年ほど前のことだ。仕事柄キーボードばかりを叩いていた僕は、自分の手の握力が異常に低くなってしまっていることに気が付いた。キーボードばかりを叩いていて、筆記具を使って文字を書くという行為が激減していたのが原因だ。試しに改めてボールペン等を握って文字を書き続けてみたところ、10分もしないうちに握る手に痛みが走った。筆記具を使って書く際に使われる手の筋肉が完全に衰えていたのだ。
 僕はこれに気が付いて愕然とした。以前はこんなことがなかった。いくらキーボードばかりを叩く生活であっても、いざ筆記具を握ると文字はスラスラと書くことができたのだ。しかし今はそれができなくなっている。しかも手に痛みが走るだけではない。自分が書いた文字が、どんどんミミズが這っているようなものになっていくのだ。お世辞にも僕が書く文字は美しいとは言えないものだが、かと言って人が読めないほど汚い文字ではなかった。僕の書く文字を「読みやすくて味わいのある字」と褒めてくれる人もいた。だがそれも過去のものになりつつあった。
 おそらく加齢による筋肉の老化が始まり、キーボードを叩くための筋肉は、日頃キーボードを叩くことによって維持されてはいるものの、筆記具を使うための筋肉は、それを維持していた機会がほとんど皆無に近い状況であったために激しく衰えてしまったのだろう。
 これではいけない。このままだともう筆記具を使って文字を書くことができない手になってしまう。
 そう思った僕は、それからできるだけ筆記具を使って文字を書く機会を増やすようにした。そしてその際は、文字をゆっくりと書くように心がけた。と言うのも、加齢によって衰えた手の筋肉は筆記具を使って文字を書こうとすると、自分の意思に反して「早く早く」書こうとしてしまうのだ。これは作家などによく見られる「書痙」という症状のようだ。酷くなると手が震えて文字を書くことさえできなくなってしまうらしい。
 そうなってしまっては困るのだ。だからできるだけゆっくりと文字を書くように心がけようとしたのだけれど、シャーペンやボールペンでは軽すぎるのか、それがなかなかうまくいかない。
 そんな時、嫁さんがある雑誌に付録としてついていた万年筆を知人からもらってきた。「いらんかったら捨てるけど」と言われたが、これは好都合と思った。付録にしては重量感のある万年筆だったからだ。これを使えば文字をゆっくり書く練習がうまくできるのではないかと思ったのだ。
 僕の思惑は当たった。万年筆のずっしりとした重みを感じた僕の右手は、最初の頃は例によって僕の意思に逆らって「早く早く」書こうとしたのだけれど、そのうち落ち着きを取り戻し始めた。もちろんあまり長く書き続けてしまうと手が痛くなってくるので、そこはうまく調整した。

(次回「第49話 万年筆を探して(2)」に続く)






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