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第52話 ギター(3)

2017/04/19 Wed 07:10
category - エッセイ
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 まともにギターを弾かなくなって10年も経つと色々なことを忘れてしまっている。街でふと、かつて聴き慣れていた歌を耳にしたりすると自然とギターのコード進行を頭の中に描いてしまうのだけれど、それがいつの間にか上手にできなくなっていた。あれほど頭の中にこびりついていたギターコードの記憶が薄れているのだ。中には完全に忘れてしまったコードもある。更には弾き方になると、頭の中にイメージは残っているものの手や指の動きがそれについて来ない。何より頭の中で容易く鳴らすことができていたギターの音が、今では何をどうやっても湧き起ってこない。
 考えてみればもう50歳も半ばの身の上だ。プロのミュージシャンでさえ、もうその歳になると新たな技法のマスターよりも今自分が持っている技術や感性の維持に重みを置き、日々そのために鍛錬しているのに、僕のような何もせずにのほほんと過ごしてきたド素人の類が、いきなり昔できたことを思い出してみてもどうしようもないのだ。

 ところが最近になって妙にもう一度ギターが弾きたくなった。きっかけは「第44話 Facebookへの道(1)」や「第45話 Facebookへの道(2)」、「第46話 劣等感」で書いた辺りだ。とにかく自分がこのままみすぼらしく落ちぶれてしまうような気がして、それが凄く嫌だった。かつての輝きを、それが単に自己満足であったとしても、それを少しでも取り戻したかった。「今すぐに取り組めることは?」と考えると、今の自分にはギターしか思いつかなかった。

 4月に入ってすぐの休日、僕はギターの弦を求めて車を走らせた。残念ながら近所に楽器屋はない。だから売っていそうな店を探しては片っ端からあたってみた。するとすぐに比較的近所にあるリサイクルショップに新品のギターの弦が売られているのを見つけた。かつては「medium」を常としていたが、さすがに10年ぶりということで「Light」をチョイス。「Sヤイリ」というブランドものであるのに、1パック500円という安さにびっくりした。昔はたいがい1000円を下らなかったのだ。更にその隣には同じく「Sヤイリ」で「お得用3パック入り」1000円というものが売られていて、こんなところにもデフレの波が押し寄せてきていたのかと改めて思った。こづかいのことと、おそらくは交換の弦も必要だろうということを考慮して迷うことなくお徳用を購入した。

 自宅に戻ると早速弦を張り直すことにした。

(昔、友人からタダでもらったアコギだ。25年ほど経つが状態に問題はない。)
20170419_第51話_ギター(3)_1

(ブランドは「Zen On」となっているが、聞いたことがないから、おそらく安物の類のギターだと思う。)
20170419_第51話_ギター(3)_2

(使った弦はこれだ。)
20170419_第51話_ギター(3)_4

 まずは古い弦を全て取り除き、ボディ、ネック、ペグ周りを丹念に水拭きした。本当なら専用のクリームで拭き上げたいところだが、あいにく手に入らなかった。
 次にネックの反り具合をチェック。10年近く放ったらかしにしていたのだから少しは反っているんじゃなかろうかと思ったが意外と普通だった。やはりハードケースにきちんと入れていたからだろうか。
 その他諸々のチェックをした後、新しい弦を張った。やり方は10年経っていてももちろん忘れていなかった。やはり若い頃にさんざんやったことというのは頭だけではなくて体が覚えている。ゆっくりやったつもりだったが、ものの15分もかからないうちに終わった。
 次にすることはチューニングだ。かつては音叉(A-440Hz)を使ってチューニングをしていたものだが、スマホアプリにギターチューニング用のアプリがあることを発見したので今回はその一つである「Guitar Tuna」というアプリにてチューニングを行ってみた。
 感想はと言うと非常に簡単だ。アプリを起動した状態でスマホをギターのボディの上に置く。アプリ上で弦の番号を指定した後、実際にその弦を弾くとどれくらいずれているかが数値で表示される。後はペグを巻いたり緩めたりしてジャストフィットするまで調整する。音叉だと合わせる音は5弦開放音しかないが、アプリだと全弦ともその開放音で合わすことができるから正確性も大だ。
 チューニング後、簡単なコード音を実際の歌に合わせてみたが、ほとんどズレはなかった。音叉だけだとこうも簡単にはいかない。便利な世の中になったものだ。

(弦を張り替えた直後)
20170419_第51話_ギター(3)_6

 チューニング後、実際に弾いてみた。選んだ曲は吉田拓郎の「制服」という歌。これは昔、ハーモニカ(もしくはブルースハープ)をも吹きながら完璧に弾き語ることができた曲だ。
 やっぱりな。
 実際に弾き語ってみようとしたら、まずコードがきちんと押さえられない。指先が柔柔過ぎるからだ。Aフラットのバレーコードもまともに音が出ない。左手の握力が激低してしまっているのだ。「ポロロン」という湿気た音でとても聴いていられる音ではない。右手もまったく落ち着かない。ピックをつまむ指の力加減を完璧に忘れているし、弾くべき弦も老眼が影響してよく見えないからか間違ってばかりだ。
 15分も続けていると左手の指先が痛くて痛くて弦を押さえていられなくなった。だがここで止めてはいけない。痛いからと言ってやめてしまうといつまで経っても指先が硬くならない。ギター弾きに戻るためにまず必要なことは、指先を硬くすることなのだ。
 次にこれも昔完璧にマスターしたビートルズの「Black Bird」に挑戦した。これは最初の出だしは何とか思い出したものの、それ以降がさっぱり思い出せず……。仕方なく本棚からTAB譜を引っ張り出し、1小節ずつ確認しながら弾いてみた。
 やはりすぐに左の指先が痛くなったものだから、まともな音が出なかったのだけれど、それでも弾き続けていたら、何だかすごく嬉しくて、本当に嬉しくて、もう一度きちんと練習したら絶対に昔みたいに弾き語れるって思えたら思いもかけず涙が溢れてきた。自分の手でメロディを奏でて、そのメロディに乗って(下手くそだけど)歌う。かつて当たり前のようにやっていたことを、十年ぶりに試してみて、そしてまだできるのだと思えたら、本当に本当に楽しくて嬉しくて泣けてきたのだ。

 僕はバカだった。こんな楽しいことができるのに、ずっとやらずにいたなんて、本当にバカだった。

 僕はこれを機会にギターの弾き語りを復活させる。昔、コンパスの針で硬くなった皮膚を削り取っていたくらいにまで指先を硬くさせよう。そうだ、カポとブルースハープも買おう。誰に聞かせるわけでもない。自分に聞かせるためにだ。






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