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第53話 釣り(1)

2017/04/20 Thu 07:10
category - エッセイ
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◆10年ほど前まで釣りをしていた。しかし僕の場合、始めたのが非常に遅くて、30歳の時だったから、その時点での釣り歴は14年くらいだった。
 始めたきっかけは結婚してすぐに義父に誘われたからだ。いや、誘われたというよりも結婚して一族と繋がりができた以上、義父と義兄が毎年連れだって行っていた釣りに僕も参加するのは当たり前、という周りからの圧力と言うか暗黙の掟みたいなものに、嫌でも従わざるを得なかったというのが真実と言っていい。
 行かなくて良いのならば行かなかっただろう。断ってもいいのなら断っただろう。事実僕はそれまで釣りというものを一切したことがなかったし、自らやろうという気持ちも一度も湧いたことがなかった。釣りというものは別世界の人がやるものであり、僕にとっては、それは例えばファンタジーの世界で行われるイベントとさほど変わらないものだったのだ。
 しかし僕はそのファンタジーの世界に行かねばならなかった。手塩にかけて育てた大事な娘を奪われた人からの有難いお誘いを、30歳といえどもまだまだ若造の域を抜け出していなかった僕が拒否することなんてありえないことだった。
 結婚一年目の夏、僕は生まれて初めて釣りをした。
 僕が義父と義兄によって引き込まれた釣りの世界、それは「海」ではなく「池」でもない。
 川だ。しかも主に川の上流を主戦場とする釣り。
 つまり「鮎釣り」だ。「鮎の友釣り」である!
 一度として釣りをしたことがない人間が、いきなり「鮎の友釣り」をする。僕自身、「釣りの経験まったくなし」であった当時は何とも思っていなかったが、今ならこう思う。
「何と無謀な!」

 ここで「鮎の友釣り」がどういうものであるか簡単に説明しよう。
 普通「釣り」と聞くとたいていの方々は海釣りや池釣りを想像されるだろう。必ずしもそうと言うわけではないが、基本的にそういった釣りは、釣り竿から糸を垂らす。その糸には浮が付いていて、更にその糸の先には針がありエサが刺されている。そのエサが刺された針の部分を水中に入れ、魚がそれに食らいつくのを待つ。もちろん釣り人は陸にいる。

 しかし「鮎の友釣り」は要領がちょいと違う。
 まず釣り竿がやたら長い。最低でも7メートル以上はある。
 その竿から糸を垂らすことに違いはないのだが、糸の先にあるのはエサではない。生きた鮎だ。それは「おとり鮎」と呼ばれるのだが、その「おとり鮎」に針を添えて泳がすのだ。鮎は成魚になると縄張り意識を持つようになり自分の縄張りに他の鮎が侵入すると、それに向かって体当たりする。「鮎の友釣り」は、鮎のその習性を利用した釣りなのである。
 更に釣り人は陸でのほほんと川面を見ているわけではない。それ相応の服装(鮎スーツ、鮎タビ等)をして川の中に入り、長い竿を操って糸の先にいる「おとり鮎」を目的とする場所へと泳がさねばならない。魚がいない場所で「おとり鮎」を泳がせても意味がない。魚がいそうな場所へと積極的に「おとり鮎」を泳がすことが必須なのだ。
 しかし、これが非常に難しい。たとえ釣りの経験者であっても簡単ではない。ましてや僕のような釣り自体の経験がない者にとっては難しい以前の問題だ。

 そもそもこの「おとり鮎」を糸につけることが初心者にはまずできない。
「おとり鮎」は糸についた「ハナカン」というものを「おとり鮎」の鼻の穴に通すことで糸と繋げるのだけれど、まず生きた鮎を手で掴むことがなかなかできない。力任せに鮎を掴むと弱ってしまうし最悪の場合は死なせてしまう。かと言って掴む力がやさしすぎると手からスルリと抜けて、あっという間に逃げてしまう。(おとり鮎は一匹約600円もするのだ。)やっとのことで掴む力の加減がわかっても、ハナカンを鼻に通すのは慣れないと至難のワザで、時間がかかり過ぎると見る見る間におとり鮎は弱ってしまい、いざ川に放ってもちょっと泳いで力尽きてしまう。
 更には運良く鮎が「おとり鮎」に体当たりして添えられている針に引っ掛かった時、つまり釣れた時なのだが、引き上げるのにも技術が必要だ。竿にリールなんてもちろんついていない。長い竿をコントロールしておとり鮎共々引き上げてタモに入れなければならない。下手をすると針から外れてしまうかも知れない。しかも基本的に自分も流れのある川の中にいるから、こけないようにしなければならない。(川の中でこけると最悪の場合、川に流されてしまう。そういう危険性もある釣りなのだ!)

 ざっと書いただけでも普通の釣りと比べて鮎の友釣りは、これだけの労を伴う。しかも朝から(昼の休憩を挟んで)夕方くらいまで行うから体力的にもちょいとハードだ。そんな鮎の友釣りに、釣りド素人の僕が初めて連れて行かれた際、どういう結果になったか容易に想像がつくと思うが、一応その時のことを記載しておこう。
 まず釣果は1匹だった。早朝から夕方まで約10時間近く続けたが、午前中は釣るどころではなく、前述した「おとり鮎」の扱いに義父や義兄を巻き込んで四苦八苦しただけ。午後からはやっと一人で何とかできるようになったが技術はもちろん、経験も知識もないから、おとり鮎をコントロールすることなんて一切できず、ただただおとり鮎を川の流れの中に任せるということしかできなかった。1匹釣れはしたものの、それは竿を上げてみたら知らん間におとり鮎の針に魚が引っ掛かっていたというレベルのもので、お世辞にも「釣れた」とは言えないものだった。

 その日の納竿時は、ただただ疲労だけがあった。いくら若くても川の中での立ちっぱなしは慣れない身にはこたえた。これでビギナーズラックでもあって大漁だったら疲れも吹き飛ぶのだろうが、長時間炎天下で粘って、たった1匹。しかもいつアタリがあったのかもわからない。そんな釣果に鮎釣りが楽しいだなんて到底思えず、正直なところ、もうこんなの二度と御免だというウンザリ感しか僕には残らなかった。そして帰りの車中では僕の頭の中には、次からはどうやって断ろうかという考えしかなかった。
 しかし、それから数日後、僕はまたしても義父、義兄と共に鮎釣りへと向かった。断わり切れなかったからか? 違う。僕はやる気満々で臨んだ。何故か?

(次回「第54話 釣り(2)」に続く)






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