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文亮[ぶんすけ]

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第54話 釣り(2)

2017/04/21 Fri 07:10
category - エッセイ
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 天然の鮎の塩焼きが、メチャクチャ美味かったからだ!

 嫁さんの家庭では義父が若い頃から鮎釣りをしていたため、嫁さんなどは物心ついた頃から毎年の夏は毎日と言っていいくらい鮎を(塩焼きやフライにして)食べていたそうだし、ずいぶん長い間、天然鮎の塩焼きが高級料理だという認識がなかったらしい。嫁さん達にとっては鮎の料理は、当たり前の家庭料理だったのだ。
 ところが僕はそれまで鮎というものを食べたことがなかった。
 僕が育った家庭では魚と言えば海の魚であり、鮎や岩魚のような川の魚がおかずとして食卓に並んだことがなかった。だから外でも僕は川魚を食べるということをしたことがなかった。スーパーで売られていた養殖の鮎などにも見向きもしなかった。僕の中に鮎という食べ物、鮎の塩焼きという料理は、それまで事実上存在していなかったのだ。
 しかしその夜、義父と義兄が釣った天然鮎を塩焼きにして食べさせてもらったところ、僕はその美味さに驚いた。川魚だから臭みがあるのだろうと思っていたが、そんなものもまったくなかった(実は鮎は「香魚」とも書くほど香りがある魚なのだ。)
 更には義父や義兄が、自分たちが釣った天然鮎を食べながら酒を呑んで、ご満悦になっているのが羨ましいと思ったのも理由の一つだ。自分で釣った魚を肴にして呑む酒はさぞかし美味いだろうと思った。自分もそういう気持ちを味わってみたいと思ったのだ。

 僕はそれから毎年のように夏になると義父、義兄と共に鮎釣りに出かけた。そしていつの間にか僕も(下手くそだけど)いっぱしの太公望になった。そのせいか僕の娘も夏になると天然鮎の塩焼きを食べるのが当たり前のこととして育った。もちろん天然鮎の塩焼きが高級料理だとは思っていない。考えてみれば何とも贅沢な話だ。

 僕の釣りは更にその範囲を広げた。鮎釣りに限らず釣りにはまった僕は、鮎釣りが毎年6月中旬から8月中旬までの約2ヵ月しかできないものだから、他の期間にできる釣りがないかと思った。そしてやるようになったのがバス釣りだ。
 当時僕たちはよくご近所さん達とキャンプに行った。それもできるだけお金を使わないようにしようということで、無料のキャンプ場がある琵琶湖周辺に行くことが多かった。そうなると僕が当時流行っていたバス釣りに目が向かないはずはなかった。また僕だけでなく、ご近所のお父さん連中の中にもバス釣りに興味を持っていた人が何人かいたものだから、琵琶湖へのキャンプと言えば、それは併せてバス釣りをもするということが当たり前になった。更にはバス釣りの熱は嫁さん連中にも波及したから、家族で車中泊しつつ琵琶湖周辺をバス釣りをしながら巡るということもよくやった。中には普通の「おかっぱり」(陸からの釣りのこと)に満足できず、小さめのアルミバスボートとエレキ(エレクトリックモーターの略でボートに取り付けるモーター付きスクリューのこと)を購入したご近所さんもいた。
 こんなふうに僕や僕の周りでは釣りにまつわることが当たり前のようにあった。そしてそれは2006年頃まで続いていた。

 しかし2006年以降、残念ながら僕は釣りをしていない。鮎釣りの道具もバス釣りのそれも、捨てはしていないものの、今は眠ったままだ。
 バス釣りをしなくなったのは僕たちが引越してしまったからだ。第何話だったか忘れたが以前書いたとおり、ここに引越してからはそれまで交流のあった人たちとつるむことが完全になくなってしまった。遠く離れてしまうとどうしてもそうなってしまう。そうなるとなかなか自分だけで釣りに行こうという気持ちが湧かなくなった。娘も大きくなると家族で出かけるということが減ってくる。毎年のように琵琶湖に行っていたこともしなくなり、いつしかそれが当たり前になってしまった。
 鮎釣りをしなくなったのは、当時義父が今は亡き義母の介護をしなくてはならなくなったことがきっかけだ。やはり義父が行かないとなると僕や義兄も遠慮してしまう。それに鮎釣りに行くくらいなら介護を手伝うのが筋だろう。
 その後、残念ながら義母が亡くなり。義父にはまた時間的な余裕ができたが、高齢になってしまった義父には、もう鮎釣りをする体力はなく、その後健康上の理由もあって義父が鮎釣りが再開させることはなかった。また僕や義兄も、それぞれに色々な事情を抱えてしまっていたから、今更また鮎釣りに行くというような気にはなれなかった。
 だからそんなこんなで、もう10年ほど釣りをしていない。

 しかし、僕は今年の夏は鮎釣りがしたい。理由はわからないけど、とにかくしたい。
 この10年間、嫁さんや娘が毎年夏が来るたびに「鮎の塩焼きが食べたい」と言っていたのだけれど、僕はずっとそれに応えられなかった。ある事情があって、とてもそんな気にはなれなかったのだ。
 じゃあ今はその事情が解消されたのかと言うと、実はそうでもない。相変わらず状況は厳しいままだ。だが僕は思った。今の厳しい状況を理由にしていたら、この先一生鮎釣りはできない。ならばこの厳しい状況の中で鮎釣りができる方法を考えようと。
 鮎釣りが解禁になるまで、あと2ヶ月ほどだ。それまでに何とかその方法を見つけたい。幸い、今の自宅から数キロ行ったところに有名ではないが、鮎釣りができる川があるのだ。できればそこで復活させたいものだ。
 更には鮎釣りの時期が終わったら、バス釣りも復活させたい。まだまだ色々な意味で手遅れではないと僕は思っている。






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