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第55話 「神去なあなあ夜話」読了

2017/04/24 Mon 07:10
category - エッセイ
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◆先月、「第24話 神去なあなあ日常」で、僕は「WOOD JOB ! 神去なあなあ日常」という映画を観たことを書いた。そして、その中で映画の原作である「神去なあなあ日常」と、その続編である「神去なあなあ夜話」を是非とも読んでみたいと書いた。
 あれから僕は機会を見ては、よく立ち寄る書店でそれらを探した。しかし発売している出版社が徳間書店という、集英社や講談社、新潮社等の大出版社に比べると少々小さめの出版社であるためか、集英社文庫、講談社文庫、新潮文庫といったメジャーな文庫の棚は目にしても、徳間文庫は棚どころか本体さえ探し出せなかった。そこそこの大きさを誇る書店であれば徳間文庫も相応の数の本が取り揃えられているだろうが、地方都市を走るローカル私鉄の乗換駅の駅舎内にある書店だからか、やはり話題作が豊富な文庫が幅を利かせているのだ。
 仕方あるまい。ただでさえ街の書店はAmazonをはじめとする通販や電子書籍に客を奪われているのだ。それにそもそも各出版社(いや、正確にはトーハンや大阪屋といった本の卸業者)から充てられる部数が大きな書店に比べて圧倒的に少ない(場合によっては充てられなかったりもする)。それが現実だから小さな実店舗での展開は、やはり売れ筋を中心とするしかないし、それらを多く抱えている出版社の文庫を優先せざるを得ない。一歩間違えれば死活問題だ。街の書店が潰れていくことが珍しくない昨今を考えれば、いくら乗換駅の駅舎内にある書店とて安泰ではない。
 こうなったら僕もAmazonで買うしかないかと思いつつ、先日またその書店に立ち寄ることができたので、無駄な徒労に終わる可能性は高いのだけれど、一度この書店内をくまなく探してみることにした。だがいつもの順番で棚を見回してしまうと同じ結果になるに違いないと思えたので、今回はいつもとは違う順路で各棚を物色した。そしてやっと徳間文庫の棚を発見した。(いや、そんなことするくらいなら、さっさと店員さんに聞けって話なんだけどね、僕は自分で探してみないと気が済まないんだよね。自分でも面倒臭い性格だと思うよ、本当に……)

 そりゃあ見つからんだろうと思った。
 徳間文庫は中程度の棚の2段ほどしかスペースが取られていなかったのだ。
 例えば講談社文庫のような大手の文庫になると、パッと見ただけでも10段以上のスペースが取られている。どうやらそれを当たり前のように見てしまうと、無意識に「たった2段のスペースだなんてあり得ない」っていう先入観ができてしまって、探していてもよほど注意していないと見過ごしてしまう。本当に如実だ。棚の段数は各出版社の勢力を極めて如実に反映していると言っていい。
 僕はその2段ほどの棚に収められていた文庫本の背表紙に「三浦しをん」の名を探した。しかし、ただでさえ少ない冊数の中に三浦しをんの本があるのか甚だ怪しかった。映画化はされているものの、この原作小説が飛ぶ鳥を落とす勢いでベストセラー本になったというようなことを過去に聞いたことがなかったからだ。更に書くとすれば、2014年に公開された映画が滅茶苦茶ヒットしたというようなことを聞いた記憶もない。おそらくは小説も映画も「まあまあ」「そこそこ」に売れたレベルだったのではないか。それゆえ2017年である現在、少ない段数しかない徳間文庫の中に、映画公開という話題もとうの昔に消え去ってしまったこの小説の文庫本がキープされているとは僕にはどうにも思えなかったのだ。
 ここになかったら、やはりもうAmazonで注文しようと思った。改札を出て外を10分くらい歩けば、ここと同じくらいの規模の書店が他にもあるが、そこも望みは薄いと思った。きっとまた僕の持病である「探しても見つからない病」も発症しているだろう。
 だがその予想は当たらなかった。いい意味でハズレた。何とその棚には「神去なあなあ日常」だけでなく、「神去なあなあ夜話」までが並んで置かれていたのだ。
 どうしたのだ、俺? この前の「第44話 Facebookへの道(1)」の時もそうだったが、「探しても見つからない病」が鳴りを潜めているではないか! (かえって気味が悪い……)
 
 慌ててその2冊を手に取ろうとした。それらを買う人間なんて、この店には僕以外いないだろうから慌てる必要なんてまったくなかったのに、それでも僕の頭の中は「キープ!」だの「ゲット!」だのといった言葉に占領され、そしてそれに煽られるかのように右手が2冊の文庫本を同時に本棚から掴み出した。そしてすぐにレジに向かった。こういうことは躊躇してはいけないのだ。「どうしようかなあ」などと考えて本をペラペラ捲ったりしてもいけない。そんなことをしていると「今日は1冊だけでいいか」とか「実際のところ急いで買う必要あるかなあ」とか「2冊買ったらけっこうな額になるなあ」といった余計な考え、ためらいが生まれてくる。そして最悪は、あれほど探すという労力を使ったくせに買わずじまいで終わってしまうという馬鹿げた結果にしてしまったりもする。ここはタイトルと作者名を確かめるだけにして、すぐにレジに向かうべきなのである。

 僕は無事にこの2冊を購入すると、すぐに帰宅の途に就いた。そして自宅に戻るや否や、すぐに読み始めた。もちろん「神去なあなあ日常」「神去なあなあ夜話」の順だ。そして2日間で2冊を読み終えた。

 感想を書いておこう。ネタバレになるようなことは例によって書かない。
 まずは単純に「おもしろい」と思った。やはり原作は映画よりも内容が濃い。おそらく映画で表現された話なりは原作小説の半分くらいではないだろうか。それに映画は原作とほんの少し設定が違うということもわかった。しかしどちらも本当に面白い。いや話の奥深くに踏み込むことができるという点においては、今回はやはり原作小説に軍配が上がろう。そのまま「神去なあなあ夜話」という続編に繋がっていくことをも考えると、やはりそう思わざるを得ない。
 要は映画を観て、更に原作本も読んでみましょうってことだ。

 だが一点だけ気になったことがあった。苦言になってしまうが書いておこう。

 これらの小説は、林業に勤しんでまだ1年ほどの高卒男子である主人公が、ネットには繋がっていないローカルのパソコンを使って、決して誰かに読んでもらっているわけではないのに、誰かに語り掛けるように話を書く形で進んで行く。例えば実際の本文中には「とにかく気の向くままに、一年間に起きたことを書いてみることにする。みんなも気楽に読んでくれ。みんなってだれだよな、へへ」とあったりする。
 そして読み進めると、どうも主人公は秀才の類ではなく、高校を出たら適当にフリーターで食って行こうと考えていたら、意に反して親と先生によって、とある林業関係の会社に見習いとして放り込まれたという、普通に考えると「どうしようもない」という類の若者だということが第一章の時点で判明する。
 もちろん、どの時代にも見られる「若人気質」に依るところが主人公に、かなりの影響を及ぼしているのであろうが、それでもこの主人公が他者よりも優れた文才を持ち合わせているとはなかなか思えない。
 しかし小説の至るところに言葉による素晴らしい描写や語りが出没する。いや、それ以前に基本的な文章やその構成などが常人のレベルを逸脱していて、およそ「どうしようもない」類の若者から聞くことなんてあり得るのだろうかと思ってしまうほどだ。
 これは、つまるところ作家の言葉を、この「どうしようもない」類の若者が代弁している形になってしまっているのである。僕には優秀とは言えそうにない高卒男子が実際のところ、こんなうまい言い回しをするものだろうか……という思いがどうしても拭えず、そこだけに何となく違和感を持ってしまうのだ。これはどうなのだろう?

 もしこれが無名の人間によって例えば何かしらの新人賞なりに応募した作品であったとしたら、果たしてどう評価されるだろうか? (現実的にはどうなのか、様々な議論や意見があるだろうが)個人的には物語の中で、箸にも棒にもかからぬ、どうしようもないほどの未熟な人間が、ああも簡単に文学的センスのある文章を書くとは思えない。だから、そこを「不自然」と突かれて落とされてしまうんじゃなかろうか?
 もちろん、例えば「実は俺にはこんなに素晴らしい文才があったんだな。いや驚いたよ、へへ」なんていうような文章を途中に入れて、そういう設定にするのはありだと思うが、さすがにそれは確固とした地位を築いている作家だから、そういう作家が書く商業小説だから許されることであって、無名の人間がそういうことをしたら、きっと下読みの段階で「設定が安易」とか何とかケチをつけられて一蹴されてしまうのではなかろうか。

 どうしてもそういう部分が気になってしまった。あくまで個人の感想だ。

 ただし、小説としては「非常に面白くて読み応えのあったもの」ということは書き残しておく。機会があれば読んでみて頂きたい。






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