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文亮[ぶんすけ]

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第76話 電動バリカン(1)

2017/05/26 Fri 09:33
category - エッセイ
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◆決定的に頭のてっぺんが薄くなってしまって、それがいわゆる「ハゲ」だと誰しもに認識されるであろうことが明白になった昨年の始め辺りから、僕は髪形をスポーツ刈りよりも少々短いものにした。これは若い頃から長髪信者であった僕にしてみればキリスト教から仏教に改宗するようなことに匹敵するくらい衝撃的な心境の変化だった。
 そもそも僕は「スポーツ刈り」や「一枚刈り」、「二枚刈り」といった超短髪の髪形が嫌いで、カッコいい顔ではなくて、かつ似合いもしないのに長髪が好きという人間だった。できれば肩にまでかかるようなロン毛、しかもカーリー、もしくはアフロっぽい髪形であることを理想のように思っていた。だから小学生から中学にかけて野球をやっていた頃も、僕のような年代だと少なくても「スポーツ刈り」が当たり前であったのだけれど、僕はそれを一度もしなかった。頭髪検査でひっかかるギリギリまで髪の毛を伸ばして野球をやっていた。
 高校生になって頭髪の規制がなくなると僕は髪の毛を伸ばし始めた。パーマは校則で禁止されていて自分が小心者であったこともあって単に伸ばしていただけだったのだけれど、できるだけ髪の毛は切らないようにしていた。野球部はもちろん、運動系の部活には入らず、当時熱中していた各種ロックミュージックに傾倒しながらギターを弾いてばかりいた。ギター弾きには長髪が当たり前だったのだ。
 高校を卒業すると僕はすぐにパーマをかけた。かねてから希望していたアフロ系パーマだ。そのために当時は肩にかかるくらいまで髪の毛を伸ばしていた。
 初めてパーマをかけた後、最初は周りから「オバハンパーマだ」と揶揄されたのだけれど、一ヵ月ほど経って髪の毛が若干伸びると自分で書くのも何だけれど、それは自分にしっくり馴染んだ。周りからの評判も結構良くて、どうやったらそういう髪形にできるのかと、よく他人から訊かれたりもした。
 その頃はどちらかと言えば長髪というファッションは廃れてきていてショートカットが流行っていた時代だったのだけれど、僕はそんな髪形には見向きもしなかった。一時だけ夏の猛暑にトチ狂ったのか耳が見えるまで髪の毛を短くしたことがあったが、僕のヘアースタイルはパーマっ気を持った長髪が間違いなく基本であった。
 だがそんな時間は長くは続かなかった。大学四回生になって就職活動が始まると嫌でも髪の毛を切らなければならなかった。長髪のまま就職活動を行う勇気なんて僕にはなかったし、ましてや長髪を維持するために就職活動をしないなんて選択はなかった。
 それ以来、僕が再び長髪になることはなかった。就職した後、一回だけパーマをかけたことがあったが、それも長髪とは言えない状態でのものだった。それにものの半年くらいでとれてしまうような緩いパーマだった。
 結婚した後は、もうどこにでもいるオッサンの髪形になった。調髪する場所も三十代の間は、そこそこの料金が取られるような店に通っていたが四十代になると、そこらにある激安カット屋に通うようになった。もう昔ほど髪形に拘るようなことがなくなったし、慣らされてしまったのだろう、髪の毛が耳に掛かると鬱陶しいと思うようにもなってしまった。若い頃はあれほど長髪に拘ったのにである。
 そして四十代後半になって頭のてっぺんが非常に怪しい状態になり始めた頃、僕はやがて訪れるであろう短髪、いや超短髪の髪形を意識し始めた。鬘だの増毛だのアデランスだのアートネイチャーだの……、そういうものには、まったく興味がなかった。そんなまやかしをしたところで仕方がないと思った。遺伝というものを意識し始めたのもこの頃だ。やがててっぺんは薄毛、いや禿げるだろうと思った。

(次回「第77話 電動バリカン(2)」に続く)





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